世界の最高峰エベレスト。世界最大の独立峰であるキリマンジャロ。世界一の大峡谷グランドキャニオン・・・。 地球上には、あまりのスケールに言葉や写真で伝えることが出来ず、それを実際に目にするまでは想像も出来ないような壮大な絶景があります。 私たちは、そんな息を飲むような世界の絶景の中を、実際に自らの足で歩き、全身で感じられる体験を提供します。 友人と、家族と、恋人と、”一生語り合えるような思い出作り” それが私たちのサービスです。
海外旅行業界では、現地のツアーオペレーターが宿泊施設やレストラン、交通会社などの情報を集め、それを基に現地の旅行卸売会社がプランを作り、それを日本の旅行代理店が販売しています。 私たちは自ら直接現地の宿泊施設やレストラン、ガイドと直接交渉をすることで低価格高品質を実現しています。
私が世界中を旅する中で感じること。それは、”結局ガイドが一番大切”ということです。 もちろん宿泊施設やレストランも物凄く大切なのですが、同じ価格帯のツアーであればどこの旅行会社でも同じようなレベルの場所を取扱うと思います。 それは当然です。その情報を集めるのは現地の同じ卸売会社ですから。でも、ガイドの質は全然違います。 同じ旅行会社であってもタイミングによってガイドの質は全然違います。だからこそ、私はガイディングの質にとことんこだわるために、 一人でも多くの現地ガイドから選定し、ガイドルールと評価体制を徹底します。
正直、このサービスはいつまで続けられるか分かりません。少なくとも現在は私自身がカメラマンとして全てのツアーに同行することで、
たくさんの思い出を記録に残し、皆様にプレゼントしたいと考えております。
*個人手配のサポートをさせていただく場合は対象外となります。
ワンダーズアドベンチャーのホームページをご覧いただきありがとうございます。
ここでは、私と山との出会いやワンダーズアドベンチャーを通してやりたいことを
少しだけお話しさせていただければと思います。
大学卒業後、10年間経営コンサルティングファームで働いていた私は、休みは月に1〜2日、
週に3日くらいは会社で徹夜、国内であれば沖縄も北海道も日帰りをするような多忙な生活を何年も続けておりました。
そんな中、登山との出会いは社会人3年目。
当時のお客様から誘っていただいた富士登山に参加したことがきっかけです。
目まぐるしい忙しさや極度の緊張の中にいた私にとって、ゆっくりと流れる時間や頂上付近から見たご来光の美しさは、
常に頭の中にあった不安感や焦燥感を払拭し、この上ない開放感、幸福感、
そして達成感を感じられるものでした。
また、何と言っても私がたまらなく好きなのが下山後の温泉や食事です。
冷えた体に染み渡る温泉、お風呂上がりの味噌ラーメンにビール。
人生にこんな瞬間があるのかというほど幸せな瞬間です。
それ以来、休みさえあれば会社の仲間や彼女(現在の妻)と一緒に山に登るようになりました。
こうして登山ファンとなった私には一つの大きな目標が出来ました。
それは、いつか登山好きな両親を海外の山に連れて行って一緒に登ろう。というものです。
しかし、当時の私には海外旅行に行く時間がありませんでした。
今思えば時間はいくらでも作れたと思いますが、それを考える心の余裕がなかったのだと思います。
“いつかそのうち”と思いつつも、忙しさにかまけて先延ばししていたのです。
そんな私に転機が訪れたのが2016年の年末。
当時、海外赴任をしていた私に“父が脳卒中で倒れた”という連絡が入りました。
医師の診断では、もうまともに歩くことは出来ないとのことでした。
この瞬間、“あぁ、もう一生一緒に山に登ることは出来ないのだな、、、” ということが頭をよぎり、大変なショックを受けました。
両親共に登山好きであったにもかかわらず、社会人になってから登山を始めた私には、
父と登山をした経験は岩手県の早池峰山に登った一度きりでした。
私はやりたいと思っていることを先延ばしにすることを止めようと決意し、
数年前から作成していたバケットリスト(人生でやりたいことリスト)を出来るだけ実行に移すことにしました。
その一つがエベレスト挑戦だったのです。
退職した翌日にはネパールに入国。いくつもの登山会社と交渉をして、
なんとか高所経験の少ない自分が参加できるエベレスト登山隊を探しました。
帰国後は地元岩手に戻り家族との時間を過ごしながら、非常に厳しいトレーニングを積みました。
常に体には20kg分の重りを付けて生活し、トレーニングでは嘔吐するほど走り込み、
週に2〜3日は30kg以上のザックを背負って雪山を2〜3回往復しました。
エベレストは、一歩踏み出すにも5秒以上息を整えなければならない高度、
36時間も不眠状態で朦朧としながら氷壁を下る極限状態、
さらにはシェルパを含む20名中8名がヘリコプターで運ばれるなどとても過酷なものでした。
そんな状況ではありましたが、必死のトレーニングや天候の幸運にも恵まれたことで、
なんとか初挑戦で登頂に成功することができました。
頂上に立った瞬間は、涙が止まらなくなり、「頑張って良かった」という言葉が口から出てきて、
サポートしてくれた家族や応援いただいた方々への感謝が溢れました。
あらためて、挑戦すること、努力すること、応援していただくことの大切さを身に染みて感じました。
アイスフォールの巨大な氷塊、低酸素によるこの上なく澄んだ満点の星空、
そして世界の頂上から数々の8000m峰を見下ろす絶景は
筆舌に尽くし難いほど素晴らしく、それまでの苦労と相まって私の人生の宝と言える体験となりました。
帰国をした私は、サポートをしていただいた感謝と多大なご心配をお掛けした私の両親と妻の両親を
スイスとイタリアに招待しました。これが私にとって初めてのガイド業です。
(入籍したわずか5ヶ月後に会社を辞め、エベレストに挑戦すると言い出し、
結婚1年目の記念日をベースキャンプで過ごしたとあっては当然の責務ではございますが、、、)
脳卒中で倒れた父も必死のリハビリに挑み、奇跡的に歩くことが出来るようになっていました。
そのお陰で、スイスのツェルマットに行き、マッターホルンを家族と共に眺めることができたのです。
ゴルナーグラートの展望台で、「おい岳史!マッターホルンを背景に俺の位牌の写真を撮れ!」と笑う父の無邪気な笑顔を見ていると、
歩けるようになってくれた父の努力と母のサポートに心から感謝したいと思いました。
そういった経験を通して、“こんな風に世界の絶景を案内して人生の宝物をなるような思い出を創りたい”と考え、
ワンダーズアドベンチャーを立ち上げました。
ここではサービスについて細かく触れませんが、一緒にエベレスト登頂を果たしたインドの盟友が代表を務める
旅行会社にもサポートをしてもらいながら、どうにか高品質で低価格のサービスを提供出来るようにもなりましたし、
エベレストベースキャンプへの宿泊やアイスフォール入口の探検など、
他社には出来ない体験をご案内できるようになりました。
アルバムを開くたびに、旅の最高の思い出が鮮明に蘇り、
何年経っても、家族が集まる度に話題となるような、一生の宝物を提供したい。
まだまだツアーの数も少なく、エリアも限られてしまいます。
本当に実現したいことの1割も実現出来てはいない状況ではありますが、少しでも素晴らしい体験を提供できるよう、
お客様満足を誰よりも何よりも大切にして誠心誠意全力で想い出創りをサポートすることをお約束いたします。
生年月日 | 1984年11月11日 |
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出身地 | 岩手県 |
血液型 | AB型 |
好きな食べ物 | ラーメン、激辛料理、ケーキ |
趣味 | スキー、スノーボード、釣り、登山、スキューバダイビング |
特技 | スポーツ全般、タイピング、速読、地理、世界史 |
キャラクター | ・温厚 ・好奇心旺盛 ・人に教えることが好き ・わりとすぐ感動する ・動物好き(イヌ派) |
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名称 | ワンダーズアドベンチャー |
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所在地 | 〒251-0015 神奈川県藤沢市川名181-18, B-211 |
TEL / FAX | 0466-86-7642 |
代表者 | 中山 岳史 |
協力会社 | Adventure Pulse、Satori Adventure & Expedition、Hoshi Trek、Marafiki Eco Tourism、Anami Tours |